研究会

2014年6月 6日 (金)

英国王立写真協会日本支部理事会及びリレートーク

140517rps04_4 2014年5月(土)午後1時半より、RPSJ理事会が開催されました。理事会の内容ににつきましては、森誠子理事担当書記の記録を掲載します。

その後のリレートークにおいて、清和特許法律事務所の3人の弁護士、弁理士さんから知的財産権について、解りやすいようにお話し下さいました。当日の記録写真を2枚掲載します。
140517rps01
140517rps01a

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月 3日 (水)

第5回 リレートーク 『二つの世界』後編

Hpp9224702「英国と日本」 三宅善夫

 リレートークでは、「写真と俳句」に続いて三宅会員の英国体験が語られました。この後編では、「英国と日本」の比較論をレポートします。言葉の端々に「郷に入っては郷に従う」を実践された三宅会員のフレキシブルな対応と創意工夫が読みとれ、たいへん参考になりました。なお、前編もご参照ください。(レポート:豊田芳州)

 まず、私と英国のかかわりについてお話します。1974年、会社の英国進出の足掛かりとして派遣されて以来、予期もしない10年の滞在になりました。英語のプライベート・スクールに始まり、200年の歴史を持つ英国第一位の証券会社のトレイニーとなり、難しかった事務所開設認可とレーバーパーミットを取得し、事務所開設、支店昇格、現地法人の設立までこぎつけました。その後、スイスとフランスでも事務所開設、現地法人を設立しました。Hpp9224719人脈の広がりからオランダに合弁会社を設立、当初3年の滞在アサイメントであったはずが、10年が経ちました。これが当時のパスポートであり、無期限滞在許可を取得しました(写真右)。分厚いのは、永久ビザがシールで留めてあるからです。仕事の関係で訪れた国は41か国になります。British Passportも取得できたのですが、それにより日本国籍を喪失しますよと日本大使館に言われ、断念しました。

Hpp9224685 10年間の勤務期間には、悲喜こもごも得がたい経験をしました。日本からの派遣社員は当初2名でしたが、のちには100名を超える所帯になりました。証券業から冠婚葬祭、出産、教育問題、エンターテインメント、テニス、ゴルフ、サッカー、旅行など、いろいろなノウハウを会社のためだけでなく、続々と対英進出される日本企業の方々にもお伝えしました。

 当時働いていた三洋証券の土屋会長のおかげで、随行員としてエリザベス女王陛下に拝謁する機会もありました。残念ながらその時の写真はありません。そのレポートを会長が社内誌に書かれたもののコピーがありますので、ご披露します。招待状はコピーをご覧ください。Hppp9224677女王陛下にお会いするときは特別な言葉使いがあり、こちらから話す場合は、Your Majestyと申しあげ、お言葉を賜ったときには、Yes, Mam.でお答えいたします。大使などにはYour Excellency…を使います。皇室の方々にはYour Highness…で始めます。

 英国ではクラブ組織が大切で、どこの会員であるとか、だれだれと親しいかがつきあいで大切になります。“My word is my bond”(言葉は証文である)ということが大きな教訓でした。文書を取り交わしていなくても一度言葉になったことには責任があります。これを守らないとつきあってもらえません。これが証券取引はじめ商取引の基本です。英国人と米国人の違いは、「ドアが1枚あるか2枚あるか」だと先輩の教えがありました。最初のドアはすぐ開かないのですが、いったん親しくなると一生の付き合いに発展します。いまでもいろいろな方々とクリスマスカードを交換しております。

 公私の思い出になる写真を整理しなければと思います。私の会った国内外「100人の人」の写真集は何とかしたいと考えています。すでにデータは100人以上集まりましたが、肖像権の問題もあり実現まで時間がかかりそうです。

| | コメント (0)

2010年10月23日 (土)

第5回 リレートーク 『二つの世界』前編

Hpp9224674_2「写真と俳句」 三宅善夫

 三宅会員は40~50代に約10年間、証券マンとしてイギリスに滞在されました。その間、英国の伝統的な生活と正統的なつきあいを体験していらっしゃいました。帰国してから本格的に写真と俳句を学ばれたそうです。リレートークでは、三つの比較論についてお話しいただきましたが、ここでは「写真と俳句」および「英国と日本」の比較論とアナロジーについて要旨を掲載します。前編は『二つの世界…写真と俳句』です。三宅会員の話をうかがうと、俳句を詠むことにより被写体(対象)と写真家の関係がより親密になるように感じました。(レポート:豊田芳州)

 写真にかかわるきっかけは、長兄がライカとローライコードを持ち、自宅に暗室を造っていたので、その影響が強くあります。その後、証券会社の国際部で外人の接待、海外出張などの記録としてカメラを使ってきました。1985年10月に帰国したとき、社団法人・日本証券経済倶楽部に入会し、そこの文化活動で写真と俳句の会に入りました。写真は、富士写真フイルムの高石泰次先生とコニカの松野正雄先生(皇室写真家)の指導を20年間受けました。Hpp9224670人物と祭りが中心です。神田明神、浅草三社、鳥越神社、博多山笠、長崎くんちをメインにして、祭りの人間関係を大切にして、幅を広げず深く撮影してきました。

 俳句は、学生時代に俳句ができないと卒論をうまく書けないと言われて始めました。1985年の帰国当時、自己流でしたが本気で写真俳句を始めました。NHKの番組より早い時期だったと思います。俳句は石川黛人先生に指導たまわりました。1枚の写真に一つの句を添えますと、撮影の背景、心理状態などが走馬灯のように浮かんできます。 2007年、NHKは「フォト575クラブ」という番組を開始しました。「かけがえない一瞬を、忘れたくない思いを、写真と言葉で描いてみませんか」というキャッチフレーズでした。「松尾芭蕉はカメラマンだった」とNHKの番組で解説がありました。芭蕉の鋭い観察力と洞察力はカメラマン的であるということなのでしょう。また、俳句と写真のアナロジーを伝えたかったものと思われます。

 写真と俳句の共通性に「現場主義」が挙げられます。どちらも情景を前にしてシャッターをきり、句を詠む点は同じです。私は自分で見てきた、訪ねてきたところ以外は詠まないことにしています。こたつに入って、俳句歳時記を見ながら上と下をいろいろ組み合わせると立派な句ができますが、そういう句は、すぐ先生にばれます。Hpp9224652_2写真と同様に、最近はいつもカメラを持っているので、どこへ行っても写真を撮りながら良い句ができるナ思っていても、帰りには忘れています。 あまりにたくさん撮影するからでしょうか。俳句では写生と言いますが、写生とは被写体を自然に正確に撮影することに匹敵すると思います。次に、家に帰ってパソコンで明るさやトリミングを調節します。これは写真の応用技術になり、俳句の推敲に匹敵すると思います。しばしば、先生に指導を受けますと格調の高い句に完成します。写真でも後で調整しないと写真のクウォリティーは撮ったときのままで終わってしまうと思います。

 写真と俳句に共通する大事なことは、心ではないかと思います。俳句は、何をどう感じたのか、心理描写で心の動きを詠み込むことが必要ですが、写真も迫真的な雰囲気や感情など人々に訴えるような心の状況が込められた写真を撮りたいと思います。撮影会に対して、俳句では吟行というのがあります。例えば、10人ぐらいで場所を選んで出かけていっていくつか句を詠みます。お昼に集合してそれぞれ5句ずつ提出して、50句を合評して順位を決めます。その中に自分の句が入っているか否か、厳しい判定が下されます。俳句には、たいへん競争的でタフな一面もあります。  写真と俳句を一体化した権威ある元祖は、伊丹三樹彦(1920年~)という方です。1969年(昭和44年)に「ヨーロッパ吟旅」を実施し、帰国後、写俳運動を開始しました。40か国で写俳活動を続けていらっしゃるそうです。

私の写真俳句をご披露します。(スペースのつごうで一部を掲載します。写真はクリックでポップアップします)

鳥の目に 合焦マーク 寒桜

「合焦マーク」という言葉は、俳句しかやらない人にはわかりません。俳句の練達な方々には、「合焦」は良い言葉という評価を得ました。俳句にも「ピント合わせ」があるということでしょうか。Hpp9224687_2

教え子の 美しくあり 五月晴れ

今年の長崎くんちの当番が諏訪神社へお参りにいった帰りを撮影したものです。モデルの女性は知り合いで、活水女学院の卒業生です。句会で評価されたとき、状況を聞かれたので、キャビネ判のこの写真を見せて納得してもらいました。

啄木忌 白砂に跳ねる 少女あり

撮影会で、下田の海岸へモデルを連れていって撮影しました。暖かい春の海の情景を詠みました。「啄木忌」(4月13日)は春の季語です。

夕焼けに 明日の幸せ 祈りつつ

私が撮影したモデルさんでは、この人がいちばん美人でした。現在はアメリカへ行って女優になっています。伊豆の撮影会で、シャンパンを飲む場面を撮りました。渡米することがわかっていたので、祝福の気持ちで詠み、撮影しました。Hpp9224692

厳かに 献茶の儀式 若葉風

去年の神田明神の献茶式です。撮影をお願いいたところ、宗匠さんから正客の席を与えられました。移動してもかまわないと言われましたが、静寂の中でシャッター音が気になり、緊張してあまり撮れませんでした。

風車 百万弗の 笑顔かな

私の孫の写真です。これほどの笑顔はめったに見たことがありません。風車は高校の体操部の先生からいただきました。竹細工が得意な方で、いろいろなところへ竹細工を寄付していらっしゃいます。現在100歳です。この写真も私の思い出になっています。

夏の朝 輪島に光る お母さん

モデルはツルモトタケコさんという方で、朝市の華です。子どもがそばにいました。「伯父も写真をやっています。がんばってください」と励まされて別れました。品物の荷札に住所が書いてあったので、キャビネ判を送ったところ、お店(夜は飲み屋になる)のお客が「良い写真だとほめてくれました」というハガキが来ました。そこで、クリスマスに引き伸ばしたプリントを送ったところ、私の事務所に魚のトロバコが届きました。

| | コメント (0)

2010年9月23日 (木)

青木 朗 写真画展

写真と絵画の接点を探るHpdm_2

 青木朗会員は、英国王立写真協会日本支部の初代理事長です。日本支部の設立に尽力いただき、今日の私たちの活動の礎を築かれました。フィルム時代からデジタル写真への長いキャリアは常に写真探求の連続でした。特にデジタル写真に関する研究は先端的です。その結果として独自の「写真画」という境地を創造しました。青木会員の画像処理の基本は、専門のエンジニアリングから敷衍した論理的なものであり、けっして思いつきや情調に左右されたものではありません。デジタル画像処理を作風に生かした先覚者と言えます。今般、「写真画」の集大成とも言うべき個展を開催しました。会期は9月28日(火)までです。ご高覧いただけたら幸いです。

Hpdm_3会場:銀座松坂屋 別館4階 美術画廊(左のマップクリック ☎ 03-3572-1111) 入場無料

会期:2010年9月23日(木)~28日(火) 10:30~18:30 最終日17:00まで

| | コメント (0)

2010年3月27日 (土)

第3回リレートーク 『英国王立写真協会と私』

高木祥光会員の入会と日本支部設立

Hpp3260245_3 高木会員(写真左)は、戦後2番目に英国王立写真協会に入会された日本人です。ということは、現在、日本支部でもっともキャリアの多い会員のひとりです。そこで、入会当時のご自身の体験と当時の王立写真協会について、リレートークで話していただきました。同時に、当時の入会記念品や専売グッズもご披露いただいた。以下に要旨を掲載します。

 1964年ごろ、「カメラ毎日」に英国王立写真協会(以下RPS)の特集記事が掲載された。私は好奇心でこの記事にひかれ、当時の二村次郎編集長にその存在を確かめた。また、当時勤めていた日経新聞のロンドン特派員にRPSについて調べてもらった。Hpp3260261_2その結果、RPSは英国にいろいろあったロイヤルロビーの一つであることがわかった。Hpp3260251Hpp3260253ロイヤルロビーとは、英国王室が支援振興する組織のことで、スノードン卿もRPSのメンバーであるという。入会するといろいろなメリットがあることもわかった。年1回の審査に15点の組写真を送り、合格すると入会できる。

 そこで、二村編集長にアドバイスを求め、テーマを決めて作品作りに着手した。いくつかの候補から「日本の女性」をテーマとすることにした。当時、上野精養軒で修業されていた幸田マリ子さん(幸田文氏の姪)にモデルをお願いした。日本的なロケ地として箱根旧街道を選び、和服、高下駄、和傘などの衣装・小道具をそろえ、1週間にわたるロケを敢行した。200カット以上の作品を二村編集長に見ていただき、15点を選んでRPS本部へ送った。写真下左は高木会員のジャンパーのロゴマーク、同右は三宅会員のロゴマーク入りネクタイHpp3260268Hpp3260231_2

 1965年のクリスマス直前に、入会許可の通知が届いた。会費を納入すると、会員証、木製の会員プレート、金属製の車に付けるプレート、バッジ(写真上3点参照)などが届いた。「会員証は、イギリス圏で活動するとき大きな力を発揮するだろう」という添え書きがあった。会則のほかに、いろいろな行事の予定が送られてきた。毎月、撮影会、勉強会(例えば、ケネス・ベーケンの「ヨット写真の撮り方」)、有名人を招いたパーティーや会食への招待など盛りだくさんだ。それらへの参加規定も書かれている。例えば、ダンスパーティーへは白手袋持参、ホテルへは馬車の乗り入れが可、などだ。入会後、在日英国人や関西、九州などに住む日本人から「本部で貴君の名まえを知った。日本支部を作らないか」という話があったが、支部結成には至らなかった。

Hp1p3260262 1970年ごろ、RPS本部の民営化が浮上した。エリザベス女王の名はパトロンとして残るが、経営の実体は王室から離れ協会は独立した。本部はロンドンのプリンセス通り24番から2、3か所移転し、現在はバースにある。独立採算になって、スポンサーや広告主の積極的な勧誘、社交的な催し物を減らし、写真コンテストと本部発行誌(「RPS Journal」など)の拡充などに着手した。写真上左はリレートーク風景

 1994年夏、青木朗顧問より、設立発起人と日本支部設立の依頼を受けた。たび重なる打ち合わせで規約原案を作成。1996年8月30日、英国大使館で設立式が行われ、英国王立写真協会日本支部(RPSJ)は正式の発足した。これには、在日英国大使ハミルトン氏やRPS本部事務局長も参列された。RPSJは、このような経緯で現在に至っている。

 

| | コメント (0)

2010年2月10日 (水)

写真展 『The New Horizon 新たな展望』

第8回 英国王立写真協会 日本支部写真展Hpdmimg

 日本支部は、毎年、写真展を開催している。毎回、テーマを設定し、会員それぞれがテーマを解釈して作品を発表している。今年のテーマタイトルは『The New Horizon 新たな展望』だ。これは、英国本部の第152回 国際プリント写真展の課題テーマだった。日本支部の林喜一会員がスポンサー特別賞を受賞したので、日本支部全体でこのテーマに取り組むことにした。しかし、簡単なテーマではない。そこで、取り組むときのマニュアルとして『未来を撮る…新たな展望とは』(省略)を作成し、ニュースレターにも公開した。先日は、支部会員有志が集まり、写真展の構成を検討し(写真下)、Hpp1152327作品を次の3つのカテゴリーに分けて展示することにした。可能性への挑戦 Challenge to Possibility/宿命の開発 Fated Development/精神の創生 Mental Creation である。各カテゴリーの代表作を掲載する。

Hpdm 会期:2010年2月11日(木)~16日(火) 11:00~19:00 会場:フォトエントランス日比谷(アクセスは右のマップをクリック)

11日夕刻、オープニングパーティーがあった。Hpp2111177

                           

Hprpsjp2101166_2Hprpsj10p2101164_2

        

       

                       

可能性への挑戦Hp_2

『鳥 瞰』 視点と視野 本村政治

                                         

              

              

宿命の開発Hp_3

『条』   渡部 誠

                        

              

              

               精神の創生Hpgideon_a_drop_dripping

『A Drop, Dripping』 Gideon Davidson

| | コメント (0)

2010年1月14日 (木)

第2回リレートーク『写真とパースペクティブ』

 12月17日、第2回リレートークが「代官山花壇」で開催された。講師の川村会員から要旨をレポートしていただく。

『写真とパースペクティブ』 川村 賢一 ARPS

 今回は、「写真とパースペクティブ」というテーマで、パース原論を中心にお話した。

 まず、「パースとは何か」を紹介し、①遠近法(透視図)と、②遠近感(奥行き感)について説明する。写真は、幾何学的原理において、遠近法と全く同じである。

Hp_2 次に、遠近法を切り口とした美術史の大きな流れを紹介する。ルネサンス期に研究が進んだ遠近法によって写実的絵画表現が確立され、光学的な研究もともなって、「カメラ オブスキューラ」と呼ばれる暗室空間装置/遠近法スケッチ用具が考 案され、多くの画家に愛用された。この基本構造は一眼レフカメラとほとんど同じで、この「カメラ」が今日の写真機の語源となった。しかし、実際に写真が発明されるのはさらに200年も後のことだ。遠近法は、日本と西洋の美術史に大きく関わるが、18世紀前半の写真の発明は、さらに近代絵画の形成に多大な影響を及ぼすこととなる。絵画表現は、遠近法による写実的表現から、より自由な表現を求め、20世紀のモダンアート運動へと大きく発展する。その間、遠近法はさらに実用化され、建築の設計プロセスで重要なツールとなった。

 この後、建築写真と遠近法の密接な関係について紹介する。遠近法には、XYZ軸の軸線の消点の数で、1点パース、2点パース、3点パースの3つがある。建築写真では5つのポイントがあるが、その中では重力軸との関係をきちっと表現する「安定感」が極めて重要であり、これが線的遠近法を重視する所以でもある。

Hp_3 最後に、「遠近感とは?」 遠近感の違いはどこから来るのかについて紹介する。同じ空間を、広角レンズで撮影した写真と、望遠レンズで撮影した写真で遠近感の違いを見ると、広角レンズで被写体に近づくほど、遠近感が強調され、望遠レンズで被写体から遠ざかるほど遠近感は圧縮されることが分かる。ここで重要なのは、「遠近感は、対象空間と立点(撮影ポイント)との距離によって決まる」ということだ。望遠レンズで圧縮効果が出るのは、遠くの奥行きが圧縮された部分を望遠鏡で拡大して見ているということに他ならない。

Hprimg6947_cd_2 さらに、「表現写真」の場合は、不安感や驚きの感情表現など、何を表現したいかによっては、あえて空間を歪ませる表現も手法としてよく使われるなど、いくつか補足説明を紹介して終了した。また機会があれば、もう少し写真作品をお見せしながら、パースペクティブを検証できればと考えています。

| | コメント (0)

2009年11月 2日 (月)

第1回 リレートーク 『時間を撮る』と『Xを追う』

 1015日、第1回リレートークが開催された。リレートークとは、会員それぞれが体験したこと、研究・考察したこと、得意な分野などをテーマにして発表し、会員相互に質疑を交わし、写真撮影の糧にしようという催しだ。1回目は本村政治会員と豊田芳州会員が講師を務めた。本村会員の『Xを追う』は、某有名選手の練習や生活を追跡したレポートで、日本支部(RPSJ)会員にみに公開された秘蔵写真集だ。豊田会員の『時間を撮る』の要旨は以下のとおり。

『時間を撮る』 豊田芳州

 私は、撮影のモチーフを8つに分類している(現段階)。①表情・雰囲気 ②関係 ③発見 ④時間 ⑤光 ⑥形 ⑦カラー ⑧質感 の8つだ。リレートークでは、その中の④について取りあげた。Hppa121420_2

 時間は人間特有の高度な概念であり、人間の生活にとって無視できない。多くの芸術的感動にも深くかかわっている。映画、音楽、演劇、舞踊、文学などは時間芸術と言える。写真は、映画やテレビと違って『時の流れ』はない。二次元の平面である。写っている被写体は、ほとんどが一瞬の出来事であり、その断片である。しかし、多くの優れた写真を分析すると、時間がモチーフになっている。

 写真に記録される被写体は常に現在である。しかし、私たちは写真から過去や未来を感じとることができる。写真を鑑賞(観賞)したとき、被写体の中に思い当たるふしや、想像できること、予測できることなどがあるからだ。それが過去だったり未来だったりするのである。読みとることで撮影者と共感し、納得する。撮影者とだけでなく、人間として、社会人として、家族として、共通の環境や土壌に育った人びとと共感できる。人間には共通の体験があるのだ。すなわち、人は『時の流れ』に敏感であり、心を動かされると言える。

 しばしば過去は現在の原因であり、現在は未来の原因である。現在の被写体を結果や原因として撮ることに意義がある。「過去を撮る」モチーフならば、疲れる、枯れる、老境、記念()、思い出、ノスタルジア/侵食/風化/航跡、ゴールなどが考えられる。「未来を撮る」モチーフなら、夜明け//若さ/つぼみ・若芽/不安/不可解/未熟/若さ/赤ちゃん/若者/希望・夢/スタート/成人式などを挙げることができる。どちらも、「現在」を撮りながら、「過去」や「未来」を感じさせているのである。(写真上参照 大木の立場に感情移入すれば遠い過去を感じるし、幼木の立場に立てば長い未来を予測できる)

 もちろん「現在」も重要なモチーフだ。満開/絶好調/絶好のチャンス/ピンチ/新製品/ファッション/最先端などは、現在の状況に敏感な人間の本能に合わせたモチーフだ。「季節感」や「時刻」も時間の概念であり、モチーフになるのは説明を要しないだろう。「瞬間」は短い時間を指し、シャッター機構をもったカメラには得意のモチーフだ。自然現象、人の顔の表情、運動のフォーム、昆虫の飛翔などは瞬間のモチーフになる。

 被写体を前にして『時間を撮る』というモチーフで対応することはイメージやテクニックの着想が生まれ、秀作に結び付く可能性が高くなる。

| | コメント (0)