被写体

2011年4月 1日 (金)

斎田和夫 写真集『自然に生きる』

「斎田写真」の集大成Hpp3160513_3

 斎田会員は、中学時代から写真を始め、茨城大学では写真部を創設、カメラメーカーに就職し、カメラの設計まで手がけました。まさに写真とカメラのスペシャリストであり、エキスパートです。本写真集は、1.半世紀前の記録より(国内編) 2.ネパールの人々 という2部構成で、昭和23年撮影のモノクロスナップから出版直前に撮影されたネパールのカラー作品まで100点以上が収録されています。

Hpp10p3160524_2 昭和20年代といえば、戦後の不安と耐乏が残っている時代です。しかし、被写体の人々は明るく生き生きしています。紙芝居を見る子どもたちの顔にはドラマに夢中になっている無邪気な表情があり、日比谷交差点付近を歩く母娘の相合傘は、ほほえましい風景です。Hpp54p3170535ネパールの写真にも斎田会員独自のやさしくも厳しいカメラアイが感じられます。林喜一日本支部会員(全日写連関東本部委員長)が、巻頭の「写真集発刊によせて」で書いている“斎田流写真美学”とは、このことでしょう。Hpp58p3160516_3巻末に掲載された著者の言葉を引用します。

 「何故私がここまでネパール撮影に集中してしまったかと申しますと今世界でも貧乏国と云われ、経済成長率0%のネパール王国を観たとき、私が第1章で取り上げたモノクロ写真を撮影した、半世紀前の日本での体験Hpp16p3170542_2に非常に似ているイメージを受けたのです。それは人間を愛する心が、昔私が水戸の街、田舎で観た親子、兄弟、夫婦、隣人、そして同僚の間に根深かった。と同じ様にネパールでも深かったのです。そのイメージを写真を通して表現したかった。……」

Hpp28p3170530 斎田会員はマミヤ-光機在職中、長年にわたる撮影体験を生かしてマミヤ6を設計された。それを愛用しているということです。自身が設計した道具で仕事をするのは理想的ではないでしょうか。体裁:縦258㎝×横265㎝判、4C114ページ、2,700円(税込)、㈱北都 刊(☎025-385-4333)

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2010年4月14日 (水)

田中宏明会員の写真活動

写真・武道・料理・茶道Hpp4055646_2

 英国王立写真協会 日本支部のメンバーは多士済々だ。それぞれをご紹介できればと思っている。本ページでは田中宏明会員の作家活動についてレポートしよう、ご自宅を訪問して取材させていただいた。(レポート:豊田芳州)

 初めにもてなしていただいたのは抹茶だった。これは田中宏明会員のパーソナリティーを表している。田中会員(以下、田中さんと呼ばせていただく)は風流人である。しかし、武道家でもあり、板前でもある。

Hpp4055610_2 田中さんの原点は柔道だという。4歳ごろから柔道を始め、厳しく鍛えられた。しばしば竹刀でたたかれたという。大病を患ってはいるが、いまだ風貌は武道家である。Hpp405562020年前、箱根の保養所の管理を任され、たくさんの調理を経験した。そこで、景観料理という新境地を切り開いた。料理の盛り付けでいろいろなことを表現する。日本の節句や都道府県の代表的な風景などだ。どちらも、制作にとりかかる前にデッサンで構想を練る。写真上左は節句「七夕」(たなばた)のデッサンと景観料理のアルバムだ。Hpp2161345_22月に開催した第8回王立写真協会日本支部展に出展した景観料理写真は、北斎の絵をモチーフにした『北斎』と、節句シリーズの『端午の節句』だった(写真左) 。

 田中さんの代表作は、『乙女不二 一年三百六十六変化(へんげ)』である。箱根の乙女峠から定点観測撮影した作品群だ。まず、富士を「不二」と書いたところに妙がある。「三百六十六」は、うるう年で1年をカウントしているからだ。Hp365p4055607タイトルの意味は、「二つとない366日の富士山」という意味だろう。コンタクトプリントのように構成されたアルバム(縮小版)を見せていただいた(写真右上は11月の変化)。ときどき同行される奥さまからうかがったところによると、田中さんは、どんなに寒くても、暗いときでも車の外でシャッターチャンスを待つという。Hpp4055630筆者も、氷点下で富士山を撮影した経験があるが、シャッターチャンスを待つときは車中で過ごす。ほとんどの写真家はそうである。氷点下でシャッターをきらずにカメラのそばに立っているのはつらい。田中さんにとっては、外でシャッターチャンスを待つことに意義があるのであろう。被写体と対峙するときの緊張感は筆者もなんとなく共感できるが、田中さんの真意はわからない。武道家としての真骨頂が表れているのではないか。そして、完成したのが『乙女不二 一年三百六十六変化』である。おそらく、だれもが取り組んだことのない大作だろう。(写真左上は“月下富士”を掛け軸にしたもの)

 今までに何回も個展を開催してきた。松戸・伊勢丹、銚子・十字屋、津田沼・丸善など、会場はいずれも地元千葉県のデパートや書店である。店舗が会場を提供するのには、作品が売れるという前提がある。売れない作家にはギャラリーを提供しない。田中会員は売れる写真を目ざしたのである。フランスでは写真と絵画は同格だという。日本の写真環境もそうなってほしいと願っているが、いまのところ、自身の率先垂範しかないのである。地元開催にもこだわりがあるようだ。『乙女不二 一年三百六十六変化』は、昨年、地元柏市の「アートラインかしわ2009」で展示された(2009年11月6日~30日 乙女富士写真展工房西山荘 ☎04-7171-3230)。Hp

Hpp4055643                         

 自宅には「春夏秋冬の間」(写真右)という部屋がある。富士山の四季を掛け軸や屏風に装丁して展示されている。ギャラリーというよりは茶室のようだ。田中さんによると、戦国時代、武士は出陣に備え主君より一服の茶を進呈されたという。いざ出陣は、「いざ撮影」に通じるところがあるのかもしれない。写真を侘茶と融合させるところに田中さんの心髄がある。

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2009年11月26日 (木)

築地場外・撮影会

元気になれる!!Hp

 11月19日(木)、英国王立写真協会 日本支部の撮影会が築地で開催された。10時30分、日比谷線の築地駅に集合、顔合わせもそこそこに築地の場外市場や本願寺へ。そのころから雨が本降りになってきた。しかし、撮影は全天候で臨まなければならない。恵みの雨とばかり撮影を開始した。市場では仕入れのピークは過ぎているようだが、人々の声が飛び交い、異様な活気が漂っている。屋台のような食堂のカウンターには、おおぜいの客が詰めかけ、食事をとっている。昼食にしては早いし、朝食にしては遅い。これが“築地タイム”なのだろうか。日本的というよりはエキゾチックなバイタリティーを感じた。

 路上には、輸送に使った発泡スチロールの箱が積み上げられ、冷却用の氷が散乱している。ターレ(ターレット・トラック)というリヤカーのような運搬車が我が物顔に走る。仕入れた品物を車両まで運んだり、場内・外の移動手段にも使っているようだ。油断しているとぶつかりそうになる。撮影の基本は仕事をしている人のじゃまをしないことだと自戒した。店員や店先を撮影するときは、ひと声かけるのがマナーだろう。私は、3回ほど許可をいただいてシャッターをきった。

 築地の守り神・波除稲荷には、地元の住人や市場に店を構える人々、外国人を含む観光客などが、参拝に来る。ここには日本の原点がある。撮影は楽しかった。築地に流れる空気が私たちを元気づけてくれたような気がした。参加者の寄稿作品を掲載する。(レポート:豊田芳州)

『想いの綱』…波除稲荷神社(川村賢一) 写真上

Hp_2『聖なる調べ』…築地本願寺(川村典子)

Pb191825のれんを守る』 (三宅善夫)

Hppb191572『ターレ』…波除通り(豊田芳州)

Hppb190377全員でランチの寿司を食べて解散した

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